2009年7月1日
マイケルジャクソン~Have you seen my childhood?
つい何日か前も、ロンドンのO2ドームで開かれるコンサートのプロモーションが携帯電話に送られてきていたので、今回は予定通りやるんだと思いましたが、もうライブパフォーマンスはなき物になりました。
“O2: Another chance, Michael Jackson production seats will be released for O2 customers on 24 Jun 8am. See O2MJ.co.uk”
ユニークに、尖って生きたアーティストの人生の死は、いつだって、早い。子供のころから、数々の名ビデオクリップを見て育ってきた私からすれば、まさに我らがヒーローが逝ってしまった。
このニュースを聞いたとき、なぜか、マイケルジャクソンのこの曲の旋律が頭に駆け巡りました。
マイケルジャクソンはこう歌う。
Have you seen my childhood?
People say I'm strange that way
'Cause I love such elementary things
It's been my fate to compensate for the childhood, I've never known...
なんと、ストレートな詩。“僕の子供のころを見たことある?”という問いかけからはじまる。小さい頃から、ジャクソン5として、歌い続けていた彼は、その幼少期を取り戻すために、こんな変ったことをしているんだと赤裸々に告白している。
真実なのでしょう。この歌を聞いた後、どこかそのときのマイケルが痛々しく思えたのを覚えています。今から思うと、それが彼の意図だったのかもしれない。
今改めて聞くと、子供をもつ親として、子供の頃の体験が人生に及ぼす影響の大きさ感じさせます。親の責任のようなもの、親の自覚のようなものを、はっと気付かせてくれる。そんな風に聞けます。
心よりご冥福をお祈りします。
2009年6月27日
MBA1年目の学び “貢献する責務”
そう、誰もが言うように、MBAの生活はあっという間に過ぎ去っていく。そして、私自身、その意味を実感することとなりました。
1年間、正確に言えば、この10ヶ月を経て、何を学んだのだろうか?目を閉じて、じっとこの10ヶ月を振り返る。わずか10ヶ月ではあるのですが、いくつも自分の中の考え方が変化していることに気付くのです。
変化しているという表現は違うかもしれません。今までの自分というのはそう簡単に変るモノではありません。なんというのでしょう、今までの自分の考え方に“追加”して、いくつかの新しい価値観の柱が構築されつつある、そんな感覚なのです。
そのひとつが、「貢献する責務」です。
人は、社会に対して、所属するコミュニティに対して、もしくは所属する組織やチームに対して、自分が貢献できるところがあれば、「貢献する責務」があるのではないか、そんなことを明確に感じさせてくれるMBAの1年目でした。
「社会に貢献する」なんて、至極当たり前だと思われるかもしれません。そう、事実、全くもって、当たり前のことなのです。私も、MBAに来る前からもちろん、そうしたことを大事に思っていましたし、出願エッセイにも、CSRに関しても論じました。その考えがようやく、自分の中に違和感なく溶け込んでいって10ヶ月だったと思います。
どうして、そのように考えるようになったのでしょうか。
それは、端的に言えば、こちらにきて、自分が所属している社会、組織、チームからの恩恵に比べて、自分が貢献できていることというのはあまりにも限られている、その事実に気付いたことだと思います。
だからこそ、少しでも、自分ができること、自分が貢献できることを、見つけたならば、そのアンバランスを解消するためにも、貢献する責務があると感じるようになったのです。
ロンドンにきて、こちらの生活をセットアップするのに、周りに大変助けられました。子供の学校探しからはじまり、身の回りの準備など様々なアドバイスをいただきました。
ロンドンビジネススクールで、主催されている数多くのイベント、カンファレンスなどにも、参加することができたのも、私が受けた莫大な恩恵のひとつです。ほとんどこうしたイベントは生徒の多大なボランティア活動によって支えられています。
多くのゲストスピーカーは、無償でキャンパスにきてくれ、学生のためにという思いで-もちろん、自社や自分をブランディングする目的もありますが-人によっては、海外から駆けつけてくれるわけです。
学生は、この大不況下、就職もかなり厳しい中、時間を捻出し、各種のイベントを精力的に開催しています。もちろん、そうしたイベントを開催することが、人脈作りに役に立ち、就職に有利になることはあるにせよ、イベント開催に関わる実務の煩雑さを考えると、頭が下がります。
アカデミックでいえば、スタディグループのメンバーにも、レポートの英語のチェックなどいろいろとお世話になりました。
こうしたコミュニティメンバーの貢献によって、私のキャンパスライフ、コミュニティライフが充実しているものになっていると、ひしひしと噛みしめています。
一方で、自分が貢献できることというのは、きわめて限られていると実感する10ヶ月でもありました。だからこそ、少しでも貢献できることがあれば、貢献しなければ!と駆り立てられる自分をときどき発見していったのです。
コンサルティングについてよく知っている私は、この業界に就職したいクラスメイトのアドバイスしたり、コンサルティングクラブの執行委員をしたりと、自分ができることはやろうと考えていますが、そうはいっても、受けている恩恵の方が大きいのは事実。たとえば、地域コミュニティへの貢献などはほぼゼロ。このあたりは、今後大いなる課題。
でも、こうした「貢献する心」というのは、「キャリアゴールを明確にして、それに必要なスキルを身につけて、邁進していくそうした従来型の考え方」にもとづけば、まずもって切り捨てられることでしょう。
たとえば、就職だけを考えるなら、イベント1つ企画して実行する手間ひま、労力より、就職希望先の人とネットワーキングしたり、カバーレターを磨いていった方がいいでしょう。従来型のキャリアゴールを設定して逆算する方式「だけ」を拠り所に突き進む重大な落とし穴があるように思うのです。
一方で、以前のブログでも触れましたが、企業経営についても、「社会に貢献すること」を第一義的におく企業の方が、純粋に利益を追求する企業よりも、結果的に収益率が高いことが実証されています。また、「貢献する心」、英語でいえば、Citizenshipというのでしょう、Citizenshipの高さと組織パフォーマンスは相関することも組織行動学的に分かってきていることも、「貢献する心」の大事さを物語っているでしょう。
「貢献する責務」。私が実践しきれているかといえば、まだまだクエスチョンマーク。これはこれからの課題。でも、この考え方は、この年になってようやく、自分の中に強く醸成されつつあり、これからの人生を生きていく上での指針となる、私の中のひとつの価値観となっているのを感じる至ったMBAの1年目だと思うわけです。
2009年6月26日
フィンランド写真集3; ロシアとスェーデンの激戦地Porvoo
2009年6月25日
北欧へもう一度行こう!
なんといっても、人がとても穏やかで親切。日本人的にはとてもうれしい。日本的な丁寧さをそこらかしこで、感じることができて、なんだかほっとするというか、1年ほどロンドに暮らしていると、懐かしい感覚というか、そんな感じです。
それから、地政学的にとても面白い位置にあるのが北欧諸国です。じつは、フィンランドに行くまで、あまり意識していなかったのですが、フィンランドの隣国はロシアなのです。それも、フィンランドの東側の国境をビターッと張り付くようにロシアが寄り添っている。
事実、フィンランドの歴史を振り返ると、ロシアの支配下にあったこともありました。だから、多分にロシアの香りもフィンランドをするわけです。それから、バルト三国が、もうすぐこそという位置。とくにエストニアはもう目と鼻の距離。
そんなわけで、ヘルシンキの街中のInformation Centreに行くと、ロシアへのパッケージツアーや、エストニアのタリンへのフェリーツアーなどがバンバン売りに出されているのです。
そして、フィンランドとスウェーデンの関係も面白い。フィンランドの現地の人に聞くと、フィンランドとスェーデンは、文化的な背景や、インフラなどは極めて似ているとか。実際、スウェーデンに行った妻に聞いてもそうみたい。
しかし一方で、歴史を紐解くと、フィンランドは、スウェーデンに支配されていた時期もあり、今でも、フィンランド人にとって、スェーデン人は、「Beloved Enemy」とのこと。
どこかで聞いたような話です。近い民族同士はお互い好きなんだけど、近いが故にいざこざがおきやすくケンカもするというのは、日韓や日中の関係を考えてみても、「ああ納得」です。
そんなわけで、次回の旅が決定。
まずは、ロンドンからフィンランド・ヘルシンキに飛び、再びフィンランドを味わったのち、フェリーを使って、エストニアのタリンとその周辺を満喫。初のバルト三国体験です。ヘルシンキから、フェリーで、1時間半でタリン。そのあとは、タリンから、またフェリーにのって、スェーデンのストックホルムへ向かう。1泊ですが、クルーズの旅を堪能したいと思います。最後は、スェーデンを堪能して、おしまいというもの。
そのあとはまた、東ヨーロッパ、南東ヨーロッパに足を伸ばしたいと思っています。ブルガリア、スロベニアや、クロアチアあたり。旅のことを考えるとキリがありません!
フィンランドに学ぶ「産業ポートフォリオの大転換」
コンサルティングファームに入社すると、遅かれ早かれ、ある種の「洗礼」を受けることになります。それは、ロジカルシンキング的な思考体系を、強制インストールされるのです。脳の思考回路を強烈にチェンジさせられる、そんな儀式です。
私にとってのこの儀式が、フィンランドに関する調査だったのです。だから、何とも思い出深く、そして苦しい、今から思い返すとほろ苦い思い出のするプロジェクト。そのプロジェクト以来、いくつか、フィンランドに行きたいと思っていて、ようやく実現したわけなのです。
そのときのプロジェクトのクラインアントはある政府機関で、IT関連の国家政策をもとに、日本にとってのIT政策の示唆だしをするというものでした。
まだ、北欧ブームの前でしたし、もちろん、日本と北欧との産業的なつながりもそれほど強くないため、情報も集まりにくい。その上、当時、私は、ベンチャー企業のような独立系のコンサルティングファームにいたので、海外ネットワークが使えず、今のように海外オフィスからヒョイヒョウイ情報をとってくることもできなかったのを思い出します。
だから、それこそ、足を棒にして情報をかき集め、フィンランドのありとあらゆる機関にメールを出しまくり、電話したのも、今ではいい思い出です。
フィンランドは、1980年代後半に未曾有の金融危機を経験するも、その後、国の国際競争ランキングで、トップ5に入るまで、大躍進を遂げているのです。フィンランドは何をやったのか?
一言でいえば、フィンランドの産業のポートフォリオを大改造したのです。その中身は、IT産業を創造したことにつきます。フィンランドの伝統産業は、紙・パルプです、なんていったって、森の国ですから、木材が一杯とれます。それからゴム。これも樹木系ですね。そんな森の国が、IT路線に大胆に舵を切ったのが1990年代頭です。
フィンランド発で有名な企業とえいば、NOKIAでしょう。そう、ノキアです。ノキアの出自はゴム屋さんですが、もちろん今の主力事業は通信機器です。これこそ、フィンランドの大改造を象徴している企業といえます。
そして、フィンランドは、今や、見事にITに強い国のひとつとして数えられるようになりました。ここで、面白いのは、従来型の産業もしっかりと残っていることです。今でも、フィンランドでは、紙・パルプは主力産業のひとつです。それに加えて、「IT産業」も創造されたため、結果として国のGDPは増加したわけです。
振り返って、日本は、どうでしょう。今日の日経のニュースでも、JALの支援策が発表されていました。さまざまな企業への公的資金注入も報道されています。要は、日本は、既存産業を維持しようとしているのです。今の産業を維持しようとする日本、新しい産業を加えたフィンランド、そんな違いが明確に見えてきます。
私のコンサルタントとしての、初めての洗礼は、企業へのコンサルティングではなく、政府のお仕事でした。でも、そこで学んだ仕事のやり方はもちろん、何が国家方針のカギなのか、その原理原則-たとえば、どうやって新たな事業をつくるかなど-は、そっくり企業経営に応用できるもので、その後の私のコンサルティング・ライフの礎を作ってくれたプロジェクトでした。
そんなことを思い出しながらのフィンランド旅行でした。
2009年6月22日
2009年6月20日
フィンランド庶民の優雅な生活ぶり
じつは、経済的に豊かなだけでなく、僕ら日本人が持ち合わせていない”本当の豊かさ”を体現しているんだと改めて実感しました。昨日1日見聞きしたことをもとに、そんなフィンランド人の生活について迫りたいと思います。
ヘルシンキ沖のクルーズを楽しんでいると、入り組んだ海岸線や、小島のあちらこちらで、別荘のような邸宅が散見されました。家同士が密集していることもなく、豊な緑の中に、海を面するかのように居を構えているのです。邸宅によっては、プライベートボートが寄せ付けてあります。
ところが、これ、フィンランド人の普段の住まいというのです。現地の人に聞いてみると、それも別に富裕層の住居ではなく、ごく一般の人もこうした住まいをもっているというのです。住居の陸側には、バスが運行していて、街まで10分から15分でいくことができて、通勤も快適というではないですか。
ヘルシンキの人口も大きくなってきていて、こうしたタイプの住居が足りなくなってきているようで、政府も手をうっているようです。都市部の港湾をすこし郊外側に移し、そこの土地を住居地域に変える計画を推し進めています。
それだけではありません。フィンランドの家族は、だいたいサマーコテージをもっているというではないですか。いわゆる「別荘」です。
フィンランドは、国土面積は日本とほぼ同じ、だけど人口は500万人ぽっち。だから、一人あたりの土地がべらぼうにあることがよくわかります。人口密度でいえば、日本の5%くらい。
そんな贅沢な土地を利用して、とくに湖や自然が豊かなより北の地域に、そのサマーコテージとやらをもっているわけです。毎年夏になると、家族でサマーコテージに移り、涼しげな夏を過ごすことになります。もちろん、学校の夏休みも長く、11週間まるまる休みだそうです。
ちょうどこの時期は、夏休みの真っ最中、さらに夏至のお祭りということで、みんな一斉に北方に民族大移動をしたあとで、街はなんというか、もぬけの殻というか、そんな感じがします。
フィンランドの日常生活に欠かせないのが、サウナ。500万人の人口に対して、サウナは200万!もあるそうで、彼らの熱狂的なサウナ好きを垣間見ることができます。アパートには、必ず1個はサウナはあるというし、もちろん別荘にはサウナがついています。
冬の極寒、マイナス二〇度!の中でも、湖に裸でチャポンと飛び込み、その後「寒い寒い」と良いながら、サウナに飛び込むのがなんともいいのだとか。日本の露天風呂のようなもんでしょうか。
森と湖の国と言われるフィンランドの名に恥じることなく、自然と共生している日常生活なんだなあと実感しています。それでいて、世界トップレベルのGDPを実現しているわけですから、それこそ二一世紀的なライフスタイルの秘訣をこの国はもっているようです。
