2009年4月16日木曜日

日本の文化;口内調味




Japan Trip中、日本で、来る日も来る日も、外国人と日本食を食べていると、どうしても気になることがあります。それは、白いご飯にしょうゆを、まるでソースのようにかけて、食べること。そして、醤油ご飯をひたすら食べ続けること。

食に対する根本的な思想の違いを感じずにはいられません。西洋の料理は、料理の一品、一品がそれ自体で、ひとつの世界をなしていて、それで完結するのに対して、日本の料理は複数の料理をつまみながら食べます。

たとえば、西洋料理といえば、まずスープが出てきて、前菜、そしてメインで、デザートという流れの中で、一品一品をそれぞれが、一つの楽章かのようにして楽しみます。まさに、この感覚で、白いご飯という料理を、彼らは味わおうとしているのです。

それに対して、日本の日常的なご飯というのは、いわゆる「口内調味」という独特な文化を持ち合わせています。

少し塩気のあるおかず、たとえば魚であったり、肉であったり-を少し口に含み、その塩気を緩和させるかのように、次に白いプレーンなご飯を口に追加する。そして、最後に味噌汁で、口の中に汁気を含ませる。

言い換えれば、メイン、主食、スープを、口の中で絶妙にブレンドさせ、和食の見事なまでのハーモニーを楽しむわけです。そういう理由で、すべての料理が、いっぺんに出てくるのが和食の場合普通です。

そして、和食の場合、きれいに食べようと思えば、あまり皿の上を汚くせずに食べることができるメリットがあることに気付くと思います。

一方、こうした口内調味の文化のない西洋料理の日常料理だと、ワンプレートの上に、トマト煮込みのビーンズ、マッシュドポテト、コーンなどをのせ、そしてフォークでもってグチョグチョにかき混ぜるという展開になる。

韓国も日本と近い食文化を持ち合わせていますが、白いご飯を食べるときでも、おかずをご飯の上にのせ混ぜて食べるという意味で、彼らは、口内調味文化は薄いように思います。

なかなか、日本のもっている「口内調味文化」は美徳だなあと思うわけなのです。ところが、こんな話しをトリップ参加者にしても、なんだかイマイチぴんと来ていない様子。

「その割には、ヌードルをあんなにズルズル食べるというのは何か矛盾していないか」などというちょっとした皮肉も言われてしまい、やや返事に窮してしまう。まあ、他人がどう思うといいのです。日本式をアピールしていきましょう。

5 件のコメント:

飯田英明 さんのコメント...

こんにちは、飯田英明です。
同様の経験をしたことがあります。

知り合いの日系米国人が日本に来て一緒に食事をしたときに、主食とおかずの違いについての話題になりました。

『おかずは、あまいもの、からいものなど、さまざまな味付けがあるから、おかずをひとつ食べたら、ご飯を食べて、いったん口の中をrefreshしてneutralする。そうすれば次のおかずの味を十分、楽しめる。おかずの次におかずを食べることは「迷い箸」と言ってエチケット違反になる』と説明したところ、『言ってることはわかるけど、感覚としてどういうことなのか理解できない』と言われました。

日本料理は、素材をひきたたせることを重視していることが理由ではないでしょうか。ちなみに日本でも沖縄はちゃんぷるー文化ですね。

HelterSkelter1977 さんのコメント...

その通り!秋刀魚の塩焼きと、大根おろしを「別の料理」として食べている外国人を見て、異様なフラストレーションを覚えたことを思いだす。「一緒に食べて口の中でハーモニーを味わってよ!」と。結局理解されませんでしたが。味噌汁も単体のスープとして飲んだりするしね。食文化というのは面白いものです。

twk さんのコメント...

飯田さん

こんにちは。コメントありがとうございます。

そうでしたか,白いご飯を口に含んでニュートラルにするという意味があったのですね。

なかなか日本の食文化というのは、理解づらいですよね。

逆も真で、われわれも、海外の食事をきちんと理解しているかどうか、楽しめているかどうか、これまた疑問だなと思っています。

twk さんのコメント...

HelterSkelter1977 さん

こんにちは。

へー、サンマと大根おろしを別々に食べてしまうんですか!一緒にぜひとも食べて欲しいですね~。

それと、味噌汁も、Miso Soupになり、それ単体でスープとして皆味わっていますね。

飯田英明 さんのコメント...

飯田です。

>白いご飯を口に含んでニュートラルにするという意味があったのですね。
その場で私が考えたことなのであってるかどうか・・・・・。

日本語を勉強している外国人と話してて「この言い回しと、この言い回しはどう違うの?」って聞かれて、自分たちがごく自然に使い分けてることに初めて気がつき、辞書みたいな説明ができないから「こういうときにはこっちは使うけど、もうひとつの方は使わない」なんてし話ながら、自分の頭の中もまとまってきて「強いていえば・・・」となんとか定義らしきことを説明できるってこと、ありますよね。
異文化の人と接して、初めて自分たちのことを真剣に考える機会。そんな感じでした。

なお海外の食事ということでは、イタリアでスパゲッティは正餐におけるコース料理の一品ですが、ピッツァは大衆的なお店しかないように思います。日本では、高級イタリアンでもピッツァを出しているところがありますよね。(
これは個人的感想です。ひょっとしてイタリアにも高級コース料理店のピッツァもあるのかな)