2009年5月20日水曜日

子供の学習法 vs. オトナの学習法

どうやらうちの3歳の息子は、先生のしゃべる英語が大体分かるようになってきました。まだべらべらしゃべるところは至らないのですが、まったく英語を教わらず、文法も誰も教えることもなく、5ヶ月間、英語の環境にさらされるだけで、ここまでくるとは、何とも羨ましすぎます。

彼の頭の中は、一体になにがおきて、そうなっているのか、明らかにオトナの学びの方法とは全く異なる次元のことがおきているのは間違いないといえます。じつは、うちの子は少し遅いくらいで、女の子はさらに早く英語を身につけてしまう。

それこそ、風呂の栓がきちっとしまっていて、耳から入ってきたことを片っ端から吸収している何ともすさまじい情報処理を頭で行っているに違いありません。子供の可能性というのは、やはり果てしないものがあると実感。

それに対して、オトナになってしまった私は、ぼーっとしていると、穴が空いたバケツのように、全く知識が貯まらない!

でも!オトナはオトナの学習法があります。そう、子供のような、受動的な学びのプロセスではダメで、きわめて能動的に「しかけて」いかないと身につかないのがオトナの学習法です。

新しい知を学んだならば、それを事例や過去の自分の経験と交信させることで、他人とは違う形で、自分なりにその知の意味づけをすることができる。自分の経験や知っている事例は、人によって千差万別だからこそ、この知の意味づけの仕方も人それぞれ、多様性がでてくるはずで、それがまた知の発展に貢献することでしょう。

さらには、自分なりに意味づけされた知は、進化された知であって、それを適用することで、今までは実現できなかったことが実現できるかもしれない。

そう、オトナの学習は、子供のように、バケツを水にためる方法ではなく、知の進化のプロセスであって、きわめて能動的で、知的好奇心の伴う素晴らしい営みなんだと、思って自分を慰めたいと思います。

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