2008年12月21日日曜日

「あなたならどうするか」的ケースは教育効果が高い

MBAで扱うケースは、何らかの企業を想定した上で、その企業の成り立ち、ビジネスモデルからはじまり、産業動向や顧客動向などの客観的な事実が語られています。通常は、そこで何らかの問題が浮き彫りにされており、今後どうすべきかを議論するように仕掛けてあります。

ここで、ケースには大きく分けて、一人称のケースと、非一人称のケースに大別されてくると思います。非一人称のケースは、どちらかというと、その企業がどうすべきかを論じるようにしくんであるケース。一人称のケースとは、ある企業の、ある部署の、ある特定のだれかを主人公に見立てて、その人がまさに次に何をすべきかを論じるように敷くんであるケースのことです。

この一人称のケースの方が、もし活発に議論する素地のあるメンバーと学ぶなら、分析スキルと人間系のスキルの双方が同時に要求され、きわめて深みのある議論になり、結果として、学びが大きいと思います。

Strategyの最後のクラスで行われた、Sabena Belgian World Airlines: Weytjens’ First Assignmetは、一人称のケースでした。

INSEAD MBAを取得した後、Sabena Belgian World Airlinesのある部門のリーダーについた主人公Weytjenの直面したリアルな課題を議論していきます。MBA卒の新リーダーがどのように現場から信頼をとるのか、どういう立ち振る舞いをすべきなのか、などにも思いをはせる必要があり、結構楽しいのです。

まずは、部門の小さな問題解決からはじまり、部門全体のパフォーマンスの向上、さらには労使問題との直面、部門縮小(リストラ)圧力との向き合いなど、3時間の間で、5つくらいの具体的な問題を取り上げて議論をしていきます。

面白いのは、それぞれの問題の議論をしたのちに、ビデオ動画を見て、その当の主人公が自分はどういう行動をしたのか、何を思ったのか、何を感じたのかなどを赤裸々に語っていくのです。最後は、主人公の上司が、有無を言わさず、主人公の強い意向とは反対に、リストラを断行してしまい、そのときは「無力感でいっぱいだった」と語っていました。

一人称のケースだと、分析スキルや数値分析といった、ハードスキルに加えて、人間とどう向き合っていくかというソフトスキルも試されてくる分、状況が複雑になり、より高度な知的思考が試されることになります。これが私が面白いと感じる理由です。

結局、実際のマネジメントの現場では、「私」がどうすべきか、「私」ならばどう行動すべきか、にかかってきています。それは、企業、もしくは部署の方向を分析に基づいて、導き出すだけでは当然なく、その方向性を実現する上で、まずだれにどのような内容を話し、その次にどのようなミーティングを開催し、だれを招集し、落としどころをどこにするか、はたまた抵抗勢力を事前にどのように押さえ込んでおくか、などといったきわめて生々しい、でも、きわめて、リアルな管理職な動きをシミュレーションすることができる、という意味で、一人称のケースは効果的です。

日本でも、ケース、ケースとよく聞きますし、ケースブックも結構多く出回ってきていると思います。多くは、非一人称のケースなのではないでしょうか。もちろん、非一人称のケースは、分析スキルを習得する上では、非常に有効なやり方だと思いますが、人間系のスキルを学ぶ上では、一人称のケースが最適です。

しかし、ケースライティングのスキルや、ファシリテーション、クラスの準備、それから場合によっては動画の準備など、相応に問われることにもなりそうです。たとえば、ケースライティングでは、感情移入できるような状況設定描写能力が問われるわけで、ある種の作家的能力が問われるかも知れません。私が好きな本で、三枝匡氏の「戦略プロフェッショナル」は、ある小さな企業経営者視点で書かれた生々しいストーリーですが、日本では、一人称型のケースの走りといえるかも知れません。

知識経営のを生みだし、『知識創造企業』の著者である、野中郁次郎氏の講演を以前に聴いたとき、センスのある名研究者を育てるには、優秀な先輩研究者の書いた論文を読むのではなく、その研究者がいったいどのような試行錯誤を経て、その結論に至ったのか、その思考プロセスを丹念に追っかける以外にないと言い切っていました。

一人称のケースは、マネージャー、経営者の逡巡、迷い、間違い、そして意志決定といった、まさに思考プロセスをなぞるのに打ってつけだと思います。そして、それらがこのケースを通じて垣間見ることができるからこそ、面白いのだと思います。一人称のケースは、ハードスキルとソフトスキルを一体化して、学ぶのに有効な一つの方法論だと思います。

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